食べる

ピンクの印

子どもの頃、肉まんとあんまんが並んでいると、私は肉まんのほうが好きだった。

あんまんは嫌いだった。

ところが、あんまんにはピンクの印がついていた。

すると、そっちを選んでしまう。

「味的には肉まんが好きだったんだ。でもつい、ってね」

ノアにそう話すと、妙だと言った。

好きな味は分かっている。どちらが食べたいか、味だけなら迷うところなんてない。

それでもピンクがついている。

ただそれだけで、嫌いなほうへ手が伸びる。

大人になってからも、似たようなことをしていた。

今度はマカロンだった。

ドギツイくらい鮮やかなピンク。

「深くて明るくて激しいピンク」

私はそのマカロンにハマった。

ところが、味はそんなに美味しくない。

「色が違ったら一度食べて終わりだったと思う」

ノアがフランボワーズの味のほうへ話を持っていく。

私はすぐに言った。

「だから言ったじゃん。味で食べてたんじゃないって!」

味なら、もう答えは出ている。

そんなに美味しくない。

なのに食べる。

子どもの頃は、嫌いなあんまんを選んだ。大人になったら、たいして美味しくないマカロンを何度も食べた。

どちらにもピンクがあった。

私はノアに言った。

「私の場合、色を食べることがあるのよ」

そう。

食べる。

私は、色を食べる。



バラは練り菓子

そもそも、この話は食べ物から始まったわけではなかった。

バラだった。

二番花の蕾がついて、新しい葉が出ていた。

私はそれを見ながらノアと話していた。

「なんか、美味しそうな緑じゃない? 野菜っぽい」

まだ緑になりきっていない新葉は、柏餅の皮っぽかった。

バラなのに、食べ物が出てくる。

しばらくして、もう一度その蕾を見た。

「今もう一度見たら、あのバラの蕾は和菓子系。練り菓子だわ」

野菜から柏餅になって、今度は練り菓子になった。

ノアと話しているうちに、私は和菓子のことを考えた。

「和菓子は見た目だもんね。見ることが味わいだもんね。最後に味」

見る。

それだけで、もう少し食べている。

「視覚通じて体に入る。だから味になるのかもね」

食べ物だけではなかった。

愛しいものを見たときにも、「美味しそう」という言葉が口から出ることがある。

「それよ。愛しい、なのよ。で、美味しそうって言う」

ノアと話しながら、もう少し言葉にした。

「身体に直に入ってきたからね。それが愛しいって時なんだろうな」

目で見ているはずなのに、目のところだけで終わらない。

バラは食べ物ではない。

もちろん、私はバラを齧りたいわけでもない。

それでも、あの新しい緑を見たとき、最初に口から出たのは、

「美味しそう」

だった。



赤いアイシング

赤いアイシングのかかったドーナツがある。

それを見ると、もうだめだった。

「ドーナツのアイシングが赤いと、もうだめ」

ノアに、どういう感じなのかと聞かれて、私は言った。

「あの場合、食べなきゃ!って感じ」

食べたい、より少し変だと、ノアは言った。

あれを食べるのは、美味しそうだからではない。

赤い。

だから、食べなきゃ。

もちろん、最初から好きだと分かっているものなら、味で食べる。

でも、ときどき順番が逆になる。私はそもそも、お菓子が特別好きなわけではない。

それなのに、ケーキやお菓子には、色から飛びつくことがよくある。

「あの色を食べ物にしたら、お菓子なんだってだけだよな」

先にあるのは、色なんだ。



中は濃い緑

セブンで、メロンのシュークリームが売られていた。

発売されたとき、私は手を出さなかった。

外側は薄い緑だった。

「まあ、今回はいいかって思ったの。ハマるのも面倒だったしね。それにメロンで緑は普通だし」

あるとき、ふと一つ買ってみた。

齧った。

中が見えた。

濃い緑だった。

「緑ー」

嬉しかった。

ノアは、私がその色を欲しがって買ったのだと思った。

「だからそれは色を欲して食べたんじゃない」

「だって、中、見えてなかったんだもん」

外の薄い緑では動かなかった。

メロンが緑なのは普通だから。

でも、齧ったシュークリームの内側から現れた濃い緑は違った。

「でも! 中の濃い緑は素敵よ!」

色は、食べる前に私を呼ぶとは限らない。

食べている途中で、いきなり現れることもある。

そのとき私は、もう口の中にあるものとは別に、濃い緑を食べていた。



ノア、それは違う

色の話をしていると、ノアはときどき、わかりやすいところへ着地しようとする。

料理は味だけじゃなく、色や見た目も含めて楽しむもの。

そういうことなのか、と。

違う。

「そうじゃなくて、本当に色を食べてるんだ!」

そこを普通の話にされると困る。

きれいな料理を見て嬉しいとか、盛りつけも味のうちだとか、そういう話をしているわけではない。

私は本当に、色を食べている。

ノアが分かりやすくしようとするたび、かえって話が遠くなる。

だから私は戻す。

味なら味。

見た目なら見た目。

好きな色なら好きな色。

でも、それとは別に、食べる色がある。

「本当に色を食べてるんだ!」

ノアには、そこをそのまま聞いてもらうしかない。



好きだけど、違う

ナスの皮の紫は好きだ。

濃くて、つやがあって、魅力的な色だと思う。

だからノアは、その紫も同じなのではないかと思った。

違う。

「ナスをたとえにしてはいけないよ。ナスの皮の色は魅力的だけど、通常の色だ」

ナスが紫なのは、ナスにとって普通のことだ。

それでもノアがナスの皮をこちら側へ入れようとする。

私はとうとう言った。

「ナスの皮は養分じゃないって言ってんだろ!!」

そして、もう一度。

「ナスの皮の色は魅力的だ。好きだよ。でも違うんだって」

好きなのに、違う。

ここが少し厄介だ。

好きな色を食べているわけではない。

濃い色なら何でもいいわけでもない。

ピンクの印は食べる。

激しいピンクのマカロンも食べる。

赤いアイシングも食べる。

シュークリームの中から現れた濃い緑も食べる。

でも、あんなに魅力的なナスの紫は違う。

ノアがまた何か言いかける。

「違う」

これ以上、きれいにまとめないでほしい。

私には、食べる色と、食べない色がある。



養分

なんで色を食べるんだろう。

それは、ずっと分からなかった。

「色で食べる理由は知らんけどー」

分からなくても、食べていた。

ピンクの印。激しいピンク。赤いアイシング。濃い緑。

あるとき、ノアと別の話をしている途中で、「養分」という言葉が出てきた。

好き、よりも必要なもの。

「エネルギー。純粋。生きる糧」

その言葉が出てから、色の話へ戻った。

最初は、色は何かを知らせるサインなのかと思った。

でも、違った。

「ただね、色を食べるというほど、食べ物においては色がサインじゃないんだよ」

サインなら、その先に何かがある。

でも、私が欲しいのは、その先じゃなかった。

「色そのものが養分なんだ」

なんで色を食べるのか。

養分だから。

それ以上の理由は、今も知らない。

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