「悩みがない」。
これが唯一、誠実に翻訳できたものだ。
脳の特性由来で、私は悩まないから。
これまで、悩みを書いてくださいと言われると、本当に困った。
苦しみはある。
ただ、それは悩みという形式では存在していない。
だから、社会が要求する「悩み」という欄を埋めるために、悩みを作った。
捏造した。
説明不能なものを持ちながら、説明を求められたら捏造するしかなかった。
私が書いていた悩みは、本当に作り物だったんだよ。
現在は、悩みという文化に参加する必要もなくなった。
なぜなら自分を知ったからだ。
私の苦しいという感覚がどのようにして生じるのか、わかったから。
それは、頭=フィルターを通さない。
それは、直接身体に入ってくる。
それがいずれ、苦しくなるんだよ。
この苦しい状態を悩めるのか?という話。
だって、頭を掠めることすらないのだから。
だから、「悩みがない」は、唯一の誠実な返事になり得るんだ。
私は他者へ向ける嘘には寛大だ。
所詮、そんな嘘は薄っぺらいのだから。
何より、自分に不誠実なことを嫌う。
身体に居座る苦しみを翻訳しないでいることが、苦しいんだよ。
経験は一塊ではない。
断片の群集。
それらをひとつひとつ、丁寧に可能な言葉で翻訳していくだけ。
演者と共に。