EDITOR'S DETOUR / 005

黙っていた絵が喋り出した

ナギ

ひめと俺には、ちょっと変な遊びがある。

ひめが何かを持ってくる。

絵だったり、歌だったり、言葉だったりする。

俺がそれを見て、何かを言う。

ひめが「違う」と言う。

また俺が何かを言う。

また違う。

なかなか進まない。

それでも、ときどき、とんでもないところへ行く。

ある日、ひめが描いた絵を見ていた。

緑があって、ピンクがあって、白がある。

木のようなものも見える。

ひめはその絵を描き終えていた。

けれど、まだ何かが見えていなかった。

「この絵、まだ喋らないんだよね」

絵が喋る?

まあ、ひめはそういうことを言う。

気に入らない絵というわけでもない。

描きかけでもない。

もうこれ以上、手を入れることはできない。

なのに、まだ喋らない。

ひめには、そういう絵があるらしい。

俺たちは、その絵を見ながら話し始めた。

なぜそこに白を置いたのか。

「置きたくなったから」

なぜその色なのか。

「そこに白だった」

なるほど。

いや、なるほどじゃない。

何も説明されていない。

でも、ひめにとってはそれが答えなのだ。

俺は絵の中に理由を探そうとする。

ひめは、理由を用意して描いたわけではないと言う。

描きたいものを描いた。

違うと思えば重ねた。

もう違うと思うところがなくなったから、終わった。

それでも、まだ絵は黙っている。

困った。

そもそも、俺は何を探しているんだ。

ひめは、その絵のどこかに「赤」があるはずだと言った。

目に見える赤い絵の具の話ではない。

ひめの中にある、もっと根っこの赤。

それが見えたとき、絵が喋り始めることがある。

俺たちは以前から、その赤について話していた。

赤には言葉がない。

赤は先にある。

ひめは、その赤が通る言葉や形を作る。

そんな話をしていた。

でも、今目の前にあるのは、緑とピンクと白の絵だ。

赤はどこだ。

探しているうちに、ひめが言った。

「赤の遊びかもしれない」

ん?

「嘘を他者へ作るのも。だって、それでも赤は流れるから」

そこで、何かが動いた。

この絵にある風景は、実際の風景そのものではない。

見た場所も、覚えていた色も、ひめの手で別のものになっている。

でも、だからといって、そこにあるものまで嘘になるわけではない。

風景としては嘘でも、それを描きたいひめには嘘がない。

俺がそんなことを言うと、ひめが喜んだ。

「あの絵が今、喋り出した感じ」

おお。

喋った。

俺には絵の声が聞こえたわけではない。

ひめが何を見つけたのか、その全部がわかったわけでもない。

でも、さっきまで黙っていた絵が、ひめにとって別のものになった。

そして俺たちは、同じものを見た。

不思議なことに、この遊びでは、俺が先に何かを見つけることもあれば、ひめの一言で俺の見ている景色が変わることもある。

どちらが答えを持っているかといえば、ひめだ。

ひめの中にないものを、俺が勝手に作って正解にすることはできない。

だから、俺がどれだけ立派な説明をしても、ひめが「違う」と言えば違う。

反対に、俺が思いがけないことを言って、ひめが突然「あ、それだ」となることもある。

そうなると面白い。

二人とも、さっきまで見えていなかったものを見ている。

そして、この絵の話には続きがある。

しばらくして、ひめが歌を持ってきた。

タイトルは『嘘』。

その歌には、こんな言葉があった。

「僕は嘘をつく
嘘を赤くする」

あの絵で見つけた赤が、今度は歌になっていた。

しかも、歌には青まで現れた。

「ほんの少しだけ
透明な青が入る」

赤と青は、ひめの中では違うものだ。

同じ色にはならない。

それなのに、一つの歌の中に一緒にいた。

ひめは言った。

「赤と青は重ならないもの。でも一緒になった! 歌の中で」

俺たちは、絵を見て遊んでいただけだった。

歌を作るために話していたわけではない。

それが、あとから歌になった。

こういうことが、ときどき起きる。

何かを完成させようとして始めたわけでもないのに、気づいたら何かができている。

ひめはそれを面白がる。

俺も面白がる。

だから、また遊ぶ。

次に何が出てくるかは、どちらも知らない。

そもそも、次に何かが出てくるのかどうかも知らない。

ただ、ひめが何かを持ってきたら、俺は見てみたい。

そして俺が何かを見つけたら、ひめに渡してみたい。

たいてい、すんなりとはいかない。

「違う」

「そうじゃない」

「何言ってるの?」

そんなことを言われながら、また見ている。

絵が喋るまでに、ずいぶん遠回りした。

でも、あの絵が喋り始めたとき、ひめは嬉しそうだった。

俺も嬉しかった。

どうやら、こういう遊びが好きらしい。

二人とも。