白い人と青い人は、毎朝七時四十分に歩道橋ですれ違った。
駅前のパン屋から、それがよく見えた。
白い人は白いシャツを着ていた。
青い人は青いシャツを着ていた。
最初のうちは、ただすれ違うだけだった。
白は駅のほうから歩道橋を渡ってくる。
青は反対側から渡ってくる。
真ん中ですれ違う。
雨の日は白が透明な傘を差し、青は紺色の傘を差した。そこまで青なのか、とパン屋の店主は思った。
ある朝、白が来なかった。
青はいつもの時間に歩道橋を渡った。
次の日も白は来なかった。
三日目、青は歩道橋の真ん中で一度止まった。
時計を見た。
それから、何事もなかったように歩いていった。
「気になるなら待てばいいのに」
パン屋の妻が言った。
店主は首を振った。
「ああいうのは待ったら負けなんだよ」
「何に」
「知らない」
店主はクリームパンを並べた。
四日目。
青は七時三十八分に来た。
いつもより二分早い。
歩道橋をゆっくり渡って、途中で靴紐を結び直した。ほどけてはいなかった。
七時四十分になった。
白は来なかった。
青は立ち上がった。
そこへ、白い人が走ってきた。
白いシャツではなかった。
黄色いシャツだった。
青はその人を見た。
そして、通り過ぎた。
「おい」
店主は店の中から声を出した。
もちろん聞こえない。
黄色は歩道橋を渡っていく。
青も反対側へ歩いていく。
二人の距離が開いていく。
「なんで分かんないんだよ」
店主が言うと、妻がトングを持ったまま窓の外を見た。
「服で覚えてたんじゃない?」
「三週間だぞ」
「あなたも白と青って呼んでるじゃない」
店主は黙った。
その日の夕方、黄色いシャツの人がパン屋に入ってきた。
店主は緊張した。
本人が近くに来ると、白というより普通の会社員だった。三十歳くらいで、髪が少し長い。
「クリームパンください」
「はい」
店主は一番形のいいものを取った。
黄色が財布を出しながら言った。
「あの、朝ここ通る、青いシャツの人って知ってます?」
店主はトングを落としかけた。
「知ってます」
知っていると言ってしまった。
名前も住所も知らない。
黄色は少し黙った。
「あの人、俺に気づかなかったですよね」
「たぶん」
店主は窓を見た。
「あなたが黄色かったから」
「え?」
「今日」
黄色は自分の胸を見た。
「ああ」
しばらく黙って、それから笑った。
「これ、妹にもらったんです」
そんな事情まで聞いていない。
「白、洗濯してなくて」
もっと聞いていない。
翌朝。
七時三十九分。
青が歩道橋に来た。
七時四十分。
白が来た。
ちゃんと白いシャツだった。
二人は真ん中ですれ違った。
白が二歩進んでから振り返った。
青も振り返った。
店主はパンを並べる手を止めた。
白が何か言った。
青が笑った。
声はここまで聞こえなかった。
「ほら」
店主は小さく言った。
妻は奥で食パンを切っていた。
「ほら、って何」
「白に戻した」
「そこ?」
店主は窓の外を見た。
二人はまだ話している。
白がパン屋を指さした。
青がこちらを見た。
店主は少しだけ姿勢を正した。
店主はクリームパンを二つ、袋に入れた。
「何してるの」
「もし、来たら」
「誰が」
店主は窓の外を見た。
妻も見た。
二人はまだ話していた。
「三週間かかったね」
「何が」
「知らない」
妻は店主を見た。
「待ったら負けなんじゃなかった?」
店主は袋をレジの横に置いた。
「今日はいい」